「何もいらない」遺産分割協議なら、いっそのこと相続の放棄を。 |
お父さんが亡くなって、遺産分割協議の段階で、「私は嫁に行った身だから、あとを継いだお兄さんが全部相続して」とか、「取り敢えず、お母さんが全部相続して」といった遺産分割協議に出会います。仕事柄、相続人間で争いとなる「争続」も目にしますが、見目麗しい家族愛に満ちた遺産分割協議は傍目にも爽やかな感じがいたします。 ただ従前より気になっていたことは、この「何もいらない」と言う遺産分割協議が、巷間、相続の放棄と言う言葉に置き換えられて使われていることです。この「何もいらない」と言う遺産分割協議はあくまでも遺産分割協議の一形態であって、法律上の「相続の放棄」(民法938条)とは違います。 法律上の「相続の放棄」は、相続の開始を知ったときから3ケ月以内に家庭裁判所に相続放棄の申述をしなければならず、厳格な要式行為となっています。お父さんの遺した財産を費消したりすると、単純相続したものと見なされ、もう相続放棄は認められません それでは、この「何もいらない」という遺産分割協議と相続放棄とは一体どこが違うのでしょうか。大変大きな違いがあるのです。相続放棄は最初から相続人ではなく、積極財産、消極財産、何も相続いたしません。ところが「何もいらない」遺産分割協議は相続人という地位を保ち続けます。積極財産を相続しない部分は一緒なのですが、消極財産については、法定相続分に従って相続するのです。「だってお兄さんが負債も負う事になっている」と言っても後の祭りです。それは相続人間では有効な取り決めになりますが、債権者にそれを主張することはできません。借金はホームレスをしている弟に負わせようとしても、そんなことは認められる話ではないですよね。 基本的に負債は相続人間で法定相続分に従って帰属し、後を次いだお兄さんが全部負っていくのであれば、債権者と話し合いをし、残りの相続人が負担している債務を、お兄さんが債務引受をすることとなります。 ここで注意しなければならないことがあります。それは保証債務であります。 亡くなったお父さんが、社長をしている会社の連帯保証人になっていることはよくあることです。 この保証債務は見えない債務で、破産の時は保証債務は債務としてカウントされるのですが、相続税の計算では負債としてカウントされません。 高額な相続税を支払った後、会社の雲行きが怪しくなって、破綻した場合、この保証債務が一挙に顕在化して参ります。この時、その債務は法定相続分に従って、相続人に押し寄せて参ります。この時に、お父さんから何も相続していなければ、その時に相続放棄することも可能かと解します。この相続放棄の要件である「相続の開始を知ったときから」というのは、「債務の存在を知ったときから」とされているからであります(判例)。 (結論) @お父さんが負債を抱えている場合、「何もいらない」という遺産分割協議をするくらいなら、いっそのこと、事前に相続の放棄をすることが賢明です。 Aまた、遺産分割協議の結果、わずかでも資産を相続した場合、あとで、保証債務が顕在化してきた時は、既に単純承認した形となっていることから、もう相続の放棄はできず、保証債務の法定相続分を負担することとなります。 |